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2003.09.12

私はコミュニティーやの、地縁やの、地域ってものを持たずに育ってきたので、

我が子が生まれるまで、住んでる場所を意識することはあまりなかった。
上の子が生まれたのは京都
             お誕生日には大阪。
下の子が生まれたのは和歌山
             寝返りをうつころに東京。
そして今、富田林。
『コミュニティー』 『地域』を切望したのは  見回して探してもコミュニティーなど見つけられなかった転勤族のニュータウン  東京時代。 
肩がぶつかり合うほど人が溢れてるのに 私はいつも孤独だった
子どもを抱いて電車に乗るのが怖かった  
泣いてる子に無関心な人たちが怖かった
東京弁を話すわが子が怖かった
帰阪の引っ越し前日、同じマンションの10階から人が飛び降りた
その人が誰なのか・・・ 私は知らない
私自身も人にとって、無関心の凶器だったと知って恐怖に震えた
引っ越しの荷入れがすんで買い物に行くと、お店の人が「いくつ?」と我が子に話しかけて笑った。たったそれだけの事だけど、涙が溢れてきて止まらなかった。
 
 ふるさと を 子ども達につくりたい。
 もともと場所として有るもんじゃなくて つくるもんだと思う 
 それをつくるのは・・・人たちなんだと 最近強く感じる